ギックリ腰は大分回復してきた。が、まだ寝てたり座ってたりして立ち上がる時、痛みが走る。そして一分ぐらい経たないと正常に戻らない。もう二週間経つのにね。安静ばかりしていられないので、生活は普段通りに戻している。しかし最低限の以前に入れた予定をこなしているだけで、それ以上の積極的な行動が出来てないなぁ。
10日は、名古屋で会社時代の同期の面々と飲む。非常に大衆的な店を用意してくれて、ビール、焼酎をやる。こういったリーズナブルな店によくある「ちょい飲みセット」を頼む。串カツやおばんざいがあり、特に串カツは昔懐かしい小ぶりなヤツで、久々で美味しかったな。止まらなくて追加して、一人10本以上は食べて、串入れがいっぱいで入らなくなったほど。おばんざい部門も秀逸。この歳で美味しいと感じる茄子の煮びたしとか、里芋の煮たのとか、菜花のおひたし等々。旨かった。話も弾んで、夕方5時スタートだったが10時ぐらいまで飲んでたな。こんな店が、今住んでいる近くにあればなと思う。
翌日は、今回メインの常滑に行く。知り合いの陶芸家M氏の工房を、初めて見せてもらった。M氏は当然ロクロを回して器を作るのであるが、そこに「彫り」「加飾」を施す。一つの作品を作るのに、三回焼成にかける。それら全てを一人でやるわけだ。こういう陶芸家は珍しいと聞いている。そしてその「彫り」「加飾」のデザインがとても芸術的なのだ。私は、彼の作ったぐい吞みや花器を、長年お祝いや餞別に使わさせてもらっている。皆大喜びである。もちろんそれら酒器、花器は自分の家でも普段使いしているし、なんといっても家紋入りの骨壺(自分用、女房用、愛犬用)もオーダーメイドで作ってもらった。
工房というか作業場はM氏の家の中にあった。三回窯で焼くと書いたが、それらの電気窯なりガス窯を見せてもらい、常滑焼といえば象徴的な朱泥を捏ねる大きな機械も初めて見た。ろくろを回すところや、そこで彫りや加飾の作業も見せてもらったが、特に常滑焼では有名な、急須のろくろの回し方を一通り見せてもらったのがとても印象深かった。急須の本体と蓋と取っ手と注ぎ口をあっという間にろくろで作ってしまう。勿論ろくろの使い方がその部位によってそれぞれ違う。あぁこれがプロの仕事なんだなと思った。筆とか削る道具とか寸法を測るものとか、それら「七つ道具」が決してきれいな見世物ではなく、手の届く範囲に置かれており、陶芸作家の手の延長を想像させた。現実·現場を見るのは素晴らしい。その息遣いのわかるリアルさが、一層彼の凄さを感じさせた。
13日は、元会社のある事業部のメンバー(OBが主)との飲み会。15日はマージャン。よく行くパスタ屋さんのマスターとその兄弟とで雀卓を囲む。マスターのお兄さん(70歳代後半か)が高級施設に入っていて、そこにマージャンルームがある。そこでやるのだが、そのマージャン卓が凄い。昔我々が学生時代やってたころは、当然マージヤン牌は手積みであった。そのうち、ちゃんと機械で牌を積んでくれる自動雀卓が出来た。今この施設にある雀卓は自動雀卓なのだが、その上、なんと点棒を指定の場所に置いていれば、点数が自動的に表示されるのだ!! これは今の世の中、当たり前のことなの?! 凄い進化だ。昔のマージャン上達のハードルは、いかに手で牌を早く積めるか、そしてその時牌の積まれた場所をより多く覚えるか、またゲーム中常に全員の点数を把握しているかだったが、それらの能力は全く不要になったわけだ。ある意味公正になったと言えるが、寂しい気もする。
17日は、元会社の同期を中心としたM会。新橋で呑んで、スナックを3時から開けてもらってカラオケ三昧。この会は本当に肩の力が入らず楽しく飲める。
この数日間はなんとなくこんな調子で過ぎた。ただ一方、総選挙の結果が出たり、冬季オリンピックも盛り上がっている。テレビをぼんやり見ているだけで時が過ぎていく毎日。こんなことで良いのかなと思うのだが、反対に、身体が固まって動くことが億劫になっているのが現実だからでしょうがないかなとも思ったりもする。そんな時は、外圧というか、個人的なものも含め予定をしっかり入れることで、行動を促すことが良いのかな。そのうち寒さも和らぐだろうから。まず外に出よう。

コメント