腎臓結石

雑記

この一週間はいろいろ「イベント」があったのだが、このプログを更新出来なかった。11/19か20に更新する予定であったが、久し振りに腎臓の石が動いて、痛みで何もやる気が起こらなかったからである。痛み止めでごまかしてなんとか最悪の事態は免れたのだが。

若い時、今からなんと50年前に腎臓結石になった。あまりにも大きな石で、結局落ちずに今もって「石持ち」である。現状はまわりは石化した状態なのだが時々疼くことがある。まぁ体調の悪い時かな。寝不足·疲れ·深酒などが重なった時に、軽い時はドーンと重たくなる感じ。そしてそれより酷い時はかなりの痛みを生じる。痛み止めで我慢できる時もあれば、我慢できない時は病院に行く。過去数回あったな。結局は痛み止めを打って安静にするだけなのだが。その後衝撃を与えて石を破砕するのが主流になったと思うが、とりあえずそのままにしてある。最近はここまで痛くなることはなかった。20年振りぐらいかな。「痛み」のいやなのは、ゴールが見えていればいいのだが、どこまで痛みが増すのか不安になるのがいやだ。「石」の痛みは強烈だが、私の場合、他に、頸椎、腰、痛風と持病がある。どれもこれも耐え難い痛みだ。なぜこんな痛みを経験しなくてはならないのか、嫌になってしまう。

それまでは好調で楽しい日々だった。14日と18日は映画を観た。「港のひかり」は能登を舞台にした物語で、主人公の舘ひろしは決して上手い演技ではないが、良い味をだしていた。若い頃と比べて良い男になったね。俳優は、というか人間全般に言えるが、歳を重ねてカッコよくなる人とそうでない人がいる。内面が滲み出るのかな。俳優でいえば、ショーンコネリーなんか歳をとってからの方が断然色気があるな。ハンサムだし。あと火野正平。若い時は軽さしか感じなかったが、晩年のNHKの自転車の番組なんて、すごく味と人間的な優しさが出ていて見直した。私もそういう男になりたいものだ。もう一つの映画は「平場の月」。50代の恋愛物語で、まぁ映画で美男美女だから成り立つのかなと心の片隅で思いながらも、当たり前の日常を基調に描いているのが良かった。居酒屋の主人役の塩見三省が渋かったね。そういう意味では、主演の堺雅人はとても頑張ってはいたものの、この映画には合わなかったかな。それこそブサイクでもいいからショーンコネリーが獲得した大人の色気のようなものが欲しかった。その点相手役の井川遥は良かったね。

17日は鈴本演芸場。トリではないがまた桃花が出ていた。今回は立て板に水のごとく上手に話していたが、なんかもう一つもの足りないな。期待が大きすぎるのかな。他も芸達者ばかりで十分楽しめた。ただ、平日だからそんなには混んでなかったものの、後ろの席のおじちゃんおばちゃんのグループがうるさかったな。小さい声だがボソボソと寄席に関係のない話をずっとしていた。おまけにおやじの方が途中でイビキをかいて寝ていた。まぁしょうがないか。これが庶民的なライブというものかもしれない。終わって、今回は井泉でとんかつをつまみに酒を呑み帰った。

18日は映画の後、仕事先で仲の良くなった人と神田で呑む。同い年で、どちらも今年退職したもの同士である。もっとも彼はまだ非常勤で週一の仕事を続けているのだが。とても人間的に大きな人物で、大企業の重要な地位にずっといたのもうなずける。私との大きな違いは特に健康面かな。身体が強く病気も持っていない。そのうえでジムに通っているそうだ。見習わなければならないね。

22日は少し遅れたが母の四十九日と納骨で前日から名古屋に行く。前日、前々日での腎臓結石の痛みは消えてはいなかったが、久し振りにスーツを着るとなにか痛みが無くなったような気がする。不思議なものだね。現役時代で体調不良の時も、スーツを着て会社のデスクに座るとどうにかなったものだった。人間の身体は精神的な部分が強いのだなと改めて感じる。ただこれからスーツを着続けるわけにはいかない。新しい生活になったのだから、それに相応しい戦闘服というか服に限らずそういったツールを見つけなくてはならない。前日の夜は、女房と親戚の人とで贔屓にしている和食の店Oに行く。ここの料理は全て美味しく、特に魚関係が絶品である。ここではいつも日本酒を楽しむのだが、メニューに初めて「蘭奢待(らんじゃたい)」という酒が載っていた。今まで呑んだことも見たこともない酒で、ネーミングに引かれて信長になった気分で頼んだが、かなり甘口の養老の酒だった。蘭奢待だから香りも結構強かったのかな。

母の法事も終わり、一区切りがついた。まだそれに付随する厄介ごとや、やらなければならないことが残っているが、ゆっくりやっていこう。

 

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