秋ですね。

雑記

朝晩の冷え込みがすごい。一気に冬になったようだ。といっても日中はそれほどでもない。特に日差しのあるところはポカポカしていて気持ちが良い。街の樹々も色づいてきた。近くには、少し足を延ばすだけでいくつもの公園があるのだが、それぞれ綺麗に色づいている。日本各地にはいろんな紅葉の名所があり、それこそ色鮮やかなのだが、オーバーツーリズムではないが人が多すぎる。やはり紅葉は静かなところで楽しみたい。その点、近くの公園の紅葉は決して派手ではないが、散歩のときに目に入る景色がとても新鮮に感じるし、足を止めてじっと眺めれば、その微妙な色合い、奥行きがダイレクトに心に飛んでくる。

やはり秋は良い。一番好きな季節だ。このごろ樹々や花の美しさが普通に感じられるようになってきた。ある意味「歳」のせいであるのだろう。常々考えるのは、その感じ方の変化は人生にとって「進歩」と見るか「退歩」と見るか。全く違う話だが、歳とともに「物欲」も無くなってきた。これも「進歩」なのか「退歩」なのか。他にも歳とともに変化するものがたくさんある。身体能力、趣味趣向、性欲、酒の量、食べる量や味覚の変化、こだわり、、、、当然人間は死に向かっていくものだから、ピークを過ぎた人間にとってはゴールに近づくにつれてそれは「退歩」と言えるのであろう。ただ死というものがゴールではなかったら。あるいはそのゴール自体が価値のある最高のものであるとしたら。理屈的にはそれは「進歩」にも成りうる。

身体の衰えは明らかに退歩である。身体の不具合を感じるたびに昔の自分の肉体を懐かしく思ってしまう。ただ衰えや不具合を感じる時に、他のいろいろなことを感じることがある。それは今まで自分の周りにあったものなのだが、それまでは全く感じなかったことが、急に視覚や聴覚、嗅覚を通じて心に飛び込んでくるのである。それらは「進歩」か「退歩」か。秋の紅葉はいろんなことを考えさせてくれる。その秋が年々短くなるのは淋しいね。

12日は名古屋で仕事の関係だった人(二人)と会う。6月までに日程が取れずこの日になった。わざわざ東京に来ていただいて、私的な送別会をやってくれた。退職前の4、5、6月はすごく予定が詰まって、送別会をというありがたい話を実現出来なかったのが数多くあった。その中で、どうしてもというのを7月、8月、9月にやってもらったが、今回はそれの最後のイベントである。二人とも現役で、昔と変わらず元気いっぱいであった。話も弾んで楽しい飲み会だったなぁ。こちらは新生活になって4か月以上経ち、想像以上に昔の仕事時代のことを忘れている生活をしているが、さすがにその日は昔を思い出した。昔といってもほんの数か月のわずかな期間で、彼らにとってはそれほどの時間は感じていないのはわかるが、私があまりにも新生活にシフトしているのだなと改めて思った。もちろんそれは良いことであるのだが。

翌、13日は居酒屋の常連の会。一番中心だった年配の人が最近出席できず、もう85歳ぐらいだと思うが、今まで神田の店でやっていたのを、彼の家の近くでやったらといいのではいう話になり、新規の候補の店に行った。事前にリサーチしてもらった店に行ったのだが、カウンターだけのとても清潔で感じの良い店だった。出てくる料理も手がかかっていて見た目にきれいで、大将や女将も気さくな方だった。場所は根岸で、根岸自体興味はあったものの今まで踏み込んだ経験はなく、街並み自体もとても新鮮に感じた。千葉からちょっと遠いのが難点かな。だけど東京にはまだ行っていない面白そうなエリアがたくさんある。少しずつ制覇する気構えでいろんなところに行きたいなと思う。

コメント