2026年かぁ

雑記

新年あけましておめでとう。年末の天気も良かったが、年が明けてから今日までも、とても穏やかな天気で気持ちが良い。こんなに年末·年始に好天が続いたのは、久し振りではないかな。

大晦日から結構家でお酒を呑んでいる。ビデオに溜まった番組を観ながら、ぐだぐだ呑むのも良いもんだ。今年は紅白歌合戦を録画して、正月に興味のある歌手だけ観た。なんせ最近の紅白は、わからない歌手だらけでここ数年はほとんど観てなかったのだが、今回は何十周年とか言って、割と昭和の歌手がたくさんいたので、観てみようと思ったから。この録画して好きな部分だけ観るというのはとても良い方法で、なんで今までやらなかったのかなと後悔。女房も大喜び。久し振りに紅白をストレス無しで観ることが出来た。

紅白歌合戦は子供の頃は真剣に観てたな。本当に男女の「歌合戦」で、新聞にも対戦表形式の表が載っていて、その都度紅組が勝ったか白組が勝ったとか採点する家庭も多かったと思う。歌手にとっても年一回の最高の晴れ舞台だった。今ではメディアも多様化して、視聴率でもわかるように相対的にそのステイタスは落ちてきたと思う。しかし昔は、歌謡大賞からレコード大賞·紅白歌合戦への流れは、歌番組としては最高に盛り上がったものだった。ワクワクした。大賞を取った歌手、紅白の出場歌手の栄誉も凄かった。そういえば紅白の初出場の歌手の緊張感も半端なかったな。若いアイドル歌手もそうだったが、当時少し上の世代のガロが「学生街の喫茶店」を初出場で歌ったときの緊張具合は、観ていたこちらが目をつぶってしまうほどだった。今思えばなんか微笑ましいというか、それだけ緊張するイベントがあったということだ。一つの文化だね。

文化といえば、新年の風物詩の駅伝。元日のニューイヤー駅伝は、レベル的に長距離界の最高峰大会である。スタート前の子供たちと一緒のチーム紹介が良いね。それに舞台が群馬県というのも良い。毎年楽しんで観ている。ただ世間的には2日·3日の箱根駅伝が圧倒的な人気だな。単純に走っている姿を見ているだけだが、いろんなドラマがあり見続けることが出来る。ただ引っかかる部分もある。それは、関東の大学だけの大会。そしてマスコミの異様な盛り上げ。

大学の駅伝といえば、出雲駅伝、全日本大学駅伝があるが、それらは全国の大学に出場権利がある。むしろこちらの方が頂点を決める大会にふさわしいと思うが、実際は箱根駅伝にはかなわない。その理由として考えられるのは、まず歴史があるということ。そして関東地区の大学だけなのだが、出場枠が多いこと。中身としては区間の距離が他と比べて圧倒的に長いこと。実施時期が多くの人が休みの正月であること。そして一番大きいのがマスコミの取り上げ方がすごいことだ。それらに呼応して、中継の力の入れ方が半端ではない。

関東地区のみとか、それに対するマスコミの異様な取り上げ方が私の引っかかる点であり、通常の長距離界のトップの大会ならば、ある程度マスコミも取り上げて然るべきだと思うが、この偏った大会がトップの大会と言えるのかは疑問である。高校野球の甲子園も国民的行事であるが、それこそ全国からの参加である。箱根駅伝での首都圏偏重は、田中角栄の日本列島改造論や昨今の副首都構想を想起させる。本当に「正しい」ことなのかどうか。

そんなに難しく考えることではないかもしれない。これも一つの「文化」である。現実に大学の長距離界のトップが集まっている大会である。ほとんどの長距離をしている選手達は、これを目標に頑張っている。数あるスポーツの中で、このような形態があってもいいのかもしれない。ただテレビを見れば、優勝した青山学院ばかりが露出して、自然とテレビのチャンネルを変えたり消したりしている私である。

年が明けて今年最初に読んだ本は、阿刀田高の「90歳、男のひとり暮らし」である。彼独特の大変読みやすい、わかりやすい文章で、中身も面白く一気に読んだ。私の好きな作家の一人で、今書棚の彼の本を数えたら30冊を優に超えていた。もちろん彼の持ち味の短編が素晴らしいが、「旧約聖書を知っていますか」「ギリシャ神話を知っていますか」「源氏物語を知っていますか」などのシリーズはとても平易な文章で本質を教えてくれて、こんなものを書ける彼の才能に惚れ惚れし尊敬する。

90歳といえば、私にとっていろいろ類推出来る、かなり現実的な年齢だ。身体の不具合や日常の生活、過去の思い出。なんかとても身に染みてくるな。簡単·簡潔な文章の中に、彼の歴史が滲み出てくる。特に「死は無である」の境地には考えさせられる。

いよいよ今年も走り出した。どれくらい会社時代と違う生活が出来るのか。充実した生活が出来るのか楽しみでもある。精神的に大暴れしたい。

 

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